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大きな物語の喪失
【48】 「動物化するポストモダン」 東浩紀 著
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浩哉
2024/06/26

「百年の孤独」を読もうと思ってます。

今回文庫で出ると言うことで注目を集めていますね。

ハードカバーだったらおそらく3000円か4000円、もしかしたら5000円位すると思われます。

文庫だったらおそらく1500円位。もしかしたら2000円くらいするかも?でもおそらく半額位にはなると思われます


「百年の孤独」がどんな作品か?

僕には想像がつかないんですけれども、ただほんと今まで名作と言われたものを読むとやっぱ面白い作品ばかりなんですよね。


今回の作品もきっと面白いんだろうなと期待を込めて待ちます。


その間、何の本も読まないのはあれだなぁと思って、読む本を探してまして。

見つけたのがこの本です。


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この方の最新刊「訂正する力」を読んで、面白かったのでこの作品にしました。

この方のデビュー作に近いもののようです。

まだ途中ですし、しばらく積読になるかもですが、半分ほど読んだ上でのまとめです。


〜〜個人的な見どころ〜〜

①テーマに沿った問題提起のうまさ。

この本のテーマとして、まずオタクというのが重要になっています。


まずオタクの成り立ちから語ってくれているんですけれども、これが非常にわかりやすいです。

オタクが果たしてきた文化の役割。

例えば、アメリカで言うとスティーブ・ジョブズとウォズニァックですかね。2人のオタクがIT業界の歴史を変えたように、日本でもオタクはIT文化と密接に関わっています。


あと、オタクの心意気とかですかね。

敗戦を経ているので、どうしても最初はアメリカ文化から純粋輸入に頼るしかなかった状態から、国産へ何とか持っていく話とか、宮崎と事件の衝撃とか。

この辺のことが一切無駄なく、文章として描かれているので、読んでいただければなと思います。


②大きな物語=神様

昔は、アニメでも大きな物語設定が背後にあり物語が作られてきていました。


(昔のヨーロッパで言う所だと、聖書のような大前提があって、そこから絵画とか物語が生まれたりするものですね。

現在、聖書のような大きな物語がなくなりました。印刷技術なのか、イデオロギーなのか、なんなのか。まあ、それはともかくとして)


大きな物語設定がまずあって、そこから1話1話ストーリーが紡ぎ出されて、消費者はそれを受け取るようになります。

で、パロディや2次創作がガンガン生み出される時代になっても、その大きな物語設定は、守らなければ受け入れられない。そういったら形でした。

やがてそれも崩れていきます。


③ガンダムとエヴァンゲリオンの楽しみ方の違い

それが顕著に出てきたのがガンダムとエヴァンゲリオンの違いです。

どちらも舞台が未来で、戦闘モノ。


だけれども、ファンの楽しみ方が全く違うと。

以下本文↓

ガンダムは、その世界観を大切にします。

続編やら色々出てますが、最初のガンダムの歴史観に忠実です。

『ガンダム』のファンは「宇宙世紀」の年表の整合性やメカニックのリアリティに異常に固執していきむす。

一方で、『エヴァンゲリオン』のファンの多くは、主人公の設定に感情移入したり、ヒロインのエロティックなイラストを描いたり、巨大ロボットのフィギュアを作ったりすることだけのために細々とした設定を必要としていたのであり、そのかぎりでパラノイアックな関心は示すが、それ以上に作品世界に没入することは少なかったのである。


確かにこの2作を比べてみると、読者や視聴者の楽しみ方が全く違ってますね。

エヴァンゲリオンの世界が、世紀何年くらいなのか?っての、ファンは知ってるんでしょうけど、そこまで気にしてる様子もないし。


最近はそうでもないでしょうけど、当時、ガンダムの初期の女性キャラがフィギュアにってのは少なかった気がします。

プラモですよね。どちらかといえば。


こういった変遷を、大きな物語の喪失と、インターネットの世界のような大きな非物語という概念で説明する所が面白いです。


 〜〜まとめ、雑記〜〜

大きな物語って聞いて浮かんだのは、昔の絵画とかです。宗教画っていうんですかね。

なので、昔は大きな物語で、それは=聖書とか神様だったと思います。

それがまぁ印刷技術とかの発展や、産業革命も大きいのかもしれませんけれども、大きな物語がだんだん細分化されて、そのかわり科学が主になってきた印象があります。


大きな物語の説得力を科学が担保するといった形でしょうかで、そこから科学の時代が始まります。


そしてその後、科学の領域でインターネットを生み出してインターネットが始まり、情報の時代に突入します。


この情報のインターネットの膨大な情報の反乱がさらに細分化された物語を生み出して、その物語に科学の担保さえも必要となくなって、混迷の事態に今なってるっていう印象を受けました。

そう。科学がフェイクニュースにとって変わられていってる気がします。

神様VS科学で、科学が勝利をおさめたようですが、今は科学VS情報になり、情報が支配権を広げつつあります。

それが、ワクチン騒動で可視化されてきてますよね。地球が平らってのを信じる人も増えてるって聞きますし。

科学の根拠を膨大な情報の波が飲み込んで、何が科学的かどうか?ってのがわからなくなってる、信用出来なくなってる、信用したくなくなってる現状ですよね。

これからどうなっていくか。

楽しみであり、怖くもあります。


では、また。